主催者挨拶
杉山 正和(東京大学先端科学技術研究センター所長・教授)

人類は、自らを取り巻く森羅万象を分析し、その支配法則を記述する体系である科学を発展させてきました。科学に基づいて人類は周囲の自然環境を制御する技術を産み出し、地球の歴史とともに蓄えられてきた資源を最大限に利用して自らの能力を拡張してきました。こうして人類は地球上でもっとも繁栄した生物となり、今や量子力学に基づく情報技術を駆使してサイバー空間にまで活動範囲を拡大しています。
このような活動の拡張に比例して、人類の幸せは増えたのでしょうか? 古来の部族同士の紛争が、今では地球を一瞬にして破滅に向かわせる核戦争の脅威へと規模を拡大しています。人類の知識レベルは向上し、情報技術により誰もが世界中に情報を発信できるようになりましたが、人間同士のコミュニケーションはむしろ難しさを増し、世界中のあらゆる場所に多層的な分断が生じています。人類を幸せにするはずの化石資源が、その急激な消費の結果、地球環境を大きく変化させ人類の生存を脅かしつつあります。
人間が自然のごく一部でしかない段階では、人間の能力拡張は生存のための正義であったのでしょう。しかし、人間の活動が自然の在り方を大きく変えるほどに拡大した現在、人類とその周囲の自然すべての「より良き生存」を目指す新たな倫理の確立が強く求められているのではないでしょうか。
科学技術による人間拡張の限界を悟った人々が、古今東西のあらゆる哲学を参照し、人間中心の世界観から、地球上の万物の調和と共生を可能にする新たな価値観への転換を目指す。理性による二者択一的な討論ではなく、豊かな感性を織り交ぜた包摂的対話が展開される。高野山会議は、このようなユニークで世界をリードする学堂でありたいと願っています。
主管挨拶
神﨑 亮平(東京大学名誉教授 東京大学先端科学技術研究センター シニアリサーチフェロー)
「高野山会議」は、おかげさまで今回5回目を迎えます。この会議は、密教の聖地高野山という「場」をおかりし、1200年先をみすえ、わたしたちは、いかに生きるのかを、多様な分野の専門家、そして、地域のみなさんとの対話を通し、過去・現在・未来という長い時を意識しながら考え、変わらないこと、変わってきたこと、そして変わっていくであろうモノやコトからの気付きを、実践をとおして1200年後まで伝えていこうというものです。時代の大きなうねりのなか、高野山会議を通して、よく生きるうえでの大切なこころを見つめなおし、そして子どもたちにもそのこころを伝えていきたいと思います。高野町、橋本市、かつらぎ町そして和歌山県との連携協定のもとでの展開は、高野山会議をみなさんと一緒につくりあげ、一緒に成長させていくうえでありがたいものです。会議では、WAの芸術、宇宙、インクルーシブデザイン、ひとはなぜ戦争をするのか、そして利他のこころが、テーマとなり議論されます。そこには、高野山会議が大切にしている「人間中心から自然中心への視座の展開」という大テーマが根底にあります。これは、今、デジタル化・仮想化が加速するわたしたちの社会にとっての切実なテーマであると思います。大阪・関西万博に展示する、一万人の子どもたちの協力で制作した「利他の蓮華」オブジェを高野山会議で披露させていただきますが、これは高野山会議が大切にする「利他のこころ」、「いのちの大切さ」を世界に伝える1つの実践例と考えています。高野山会議をみなさんと共に5年の節目を迎えることができますこと、こころよりお礼を申し上げるとともに、多くのみなさまのご参加をお待ちしております。
