テーマ:自他の境界 ―科学と芸術と宗教の接点から―
日時:7月24日(木)10:00~12:00
会場:高野山大学黎明館
キーワード:主観と客観 / 超域的思考 / 視座の転回 / 円融・響創
セッション概要:さまざまな「自」と「他」のあいだに引かれてきた、さまざまな境界線。これらは社会に秩序をもたらす一方で、分断や排除の契機ともなります。現代における環境危機、差別、国家間の緊張といった諸課題の背後には、「物事を分ける」という人間の認識枠組みが関与している可能性があります。私たちは、世界を理解し、社会の中で意味を共有するために、対象を区別し、分類し、境界を設けてきました。しかしながら、その「分けた結果」が無自覚のうちに前提化され固定化されるとき、そこに対立や排除、孤立といった新たな問題が生じます。自他、主客、自然と人工、自己と国家といった境界の線引きが、現代の社会的・文化的リアリティの中で揺らぎつつある今、それらの境界を見直す必要があるのではないでしょうか。
近年、クラシック音楽の世界では、「矛盾の受容」がひとつの表現潮流となりつつあります。これは、単に二項対立を描くのではなく、自然界のように複雑で、しかし調和した全体を扱うという意味を含む「矛盾の受容」で、つまり端正で正確な演奏にはない「生のパトス」に突き動かされたような、表現の拡張です。本セッションの構想は、こうした音楽的実践から端を発しています。クラシック音楽は、本来連続的で曖昧な音楽の響きを、記譜法によって体系化し、再現や共有を可能にしてきました。音高や音価を均等に分割する記譜法の仕組みには科学的な一面も見て取れます。そうした枠組みのなかで、あえて「矛盾」や「流動的な全体性」を表現しようとする芸術家の動きは、先端アートデザイン分野のテーマであるNature-centeredの視座への転回とも共鳴し合う兆しと言えるのではないでしょうか。オーケストラという大規模なアンサンブルにおいて、矛盾を受容した演奏は指揮者の指令通りに音を奏でる中央集権的なスキームでは成立しません。各奏者が自律しており、奏者同士が音を介して瞬間的に聴き合い、応答し合いながら響きを共有するという、高度な共感的行動が必要です。それは境界のある自己と他者の共創を超え、円融した「響創」と呼びうる現象です。
本セッションでは、科学・芸術・宗教という異なる知の領域を横断し、「自」と「他」のあいだに引かれてきた多様な境界線を多角的に問い直します。こうした境界は、しばしば明確なものと捉えられてきましたが、その実態は流動的であり、単純な二項対立では捉えきれない複雑さを内包しているのではないでしょうか。境界の存在を再検討することは、社会的課題の根底にある認識の枠組みを見直す契機となり、私たちが共に生きる新たな可能性を模索することでもあります。
「1200年後の世界」との関わり:1200 年後の世界においても、人間は「私とは何か」「他者とは何か」という問いに向き合い続けているかもしれません。本セッションで扱う「自他の境界」は、科学、芸術、宗教という異なる営みの接点において、固定的な分離ではなく、関係性としての境界を再構築し、流動性を持たせようとする試みです。境界を問い直すことは、新たな共生の可能性を探ることでもあります。
登壇者(統括:近藤 薫、ファシリテーターː杉山 正和)

杉山 正和 Masakazu Sugiyama 東京大学 先端科学技術研究センター 所長・教授(エネルギーシステム分野)
専門はエネルギーシステム分野。2000年、東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻博士課程修了。博士(工学)。2016年、東京大学大学院工学系研究科教授、2017年より東京大学先端科学技術研究センター教授、2022年4月より所長を務める。

近藤 薫 Kaoru Kondo 東京大学 先端科学技術研究センター特任教授(先端アートデザイン分野)・東京フィルハーモニー交響楽団コンサートマスター
東京藝術大学をアカンサス賞を受賞して卒業後、同大学院修士課程修了。東京フィルハーモニー交響楽団および Future Orchestra Classics コンサートマスター、バンクーバー・メトロポリタン・オーケストラ首席客演コンサートマスター、リヴァラン弦楽四重奏団主宰。東京大学先端科学技術センター先端アートデザイン分野特任教授。東京音楽大学、洗足音楽大学講師。JST「さきがけ」領域運営アドバイザー。東京フィル創設時のコンサートマスター近藤富雄は祖父で、三世代に渡ってヴァイオリニスト。愛知県出身。

小泉 英明 Hideaki Koizumi 東京大学先端科学技術研究センターフェロー
1971年東大基礎科学科卒業日立製作所入社、1976年東大理学部に論文提出し理学博士。
量子物理学で超高正確度・高感度の元素分析法を創出。開発装置は世界一万数千箇所で稼働。水俣病解明や公害・環境分析に寄与。国内初の超電導MRI装置や世界初の光トポグラフィ装置を開発し国内外の病院に設置。人体の形態と機能(特に脳)の解明や臨床に寄与。日立基礎研究所第4代所長、日本分析化学会第55代会長。論文・著作多数。

小泉 悠 Yu Koizumi 東京大学先端科学技術研究センター准教授(国際安全保障構想分野)
早稲田大学大学院修士課程を修了後、民間企業、外務省専門分析員等を経て、2009年、未来工学研究所に入所。外務省若手研究者派遣フェローシップを得てロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所に滞在(10-11年)。19年3月、東大先端研 特任助教(グローバルセキュリティ・宗教分野)に就任し、2023年12月より現職。専門は安全保障論、国際関係論、ロシア・旧ソ連諸国の軍事・安全保障政策。

添田 隆昭 Ryusho Soeda 高野山大学前学長、蓮華定院住職
高野山大学前学長。高野山蓮華定院住職。京都大学文学部を卒業後、高野山大学大学院博士課程を修了。2013年から8年間、高野山真言宗の宗務総長を務め、2015年の開創1200年記念大法会などに携わった。2023年2月、弘法大師の名代として重要な法会や儀式の導師を務める「高野山第524世寺務検校執行法印」に就任し、1年間の任期を勤めた。著書に「大師はいまだおわしますか」(高野山出版社)がある。

李 廷江 LI TingJiang 清華大学日本研究センター長
1977年清華大学日本語学科卒業後、中国社会科学院での勤務を経て、東京大学大学院へ留学。88年同大学院博士課程卒業,PHD。亜細亜大学助教授・教授を経て、25年3月まで中央大学法学部教授を務めた。1992~93,2014~16ハーバード大学客員研究員、現在、清華大学日本研究センター長。主な著書に『日本財界と辛亥革命』(中国社会科学出版社)、『日本財界と近代中国』(お茶の水書房)、『近代日中関係源流』(社会科学文献出版社)など。

Rossella Menegazzo ミラノ大学准教授、東大先端研客員准教授
ミラノ大学文化・環境遺産学部東洋美術史准教授。東大先端研 客員准教授。ヴェネツィア・カ・フォスカリ大学で日本美術史を学び、博士号を取得。2018、22年にはミラノ大学で日本美術、デザインをテーマとした国際シンポジウムを企画開催。イタリア国内外で日本美術、写真、デザインに関する展覧会や刊行物を手がける。2025年大阪・関西万博イタリアパビリオンの文化部門代表を務める。
